1. 純利益は30倍、けれど工場は何も変わっていない
2026年8月7日、東芝が2026年4〜6月期の連結決算を発表しました。純利益は4兆4673億円。前年同期比で約30倍です。
第1四半期のたった3カ月で、通期の過去最高益を上回る規模に達しました。見出しだけを追えば、とんでもない事業改革が起きたように見えます。
ところが、数字の出どころは「モノを売って得た利益」ではありません。保有するキオクシアホールディングス285A株の株価が急騰したこと——それが主因です。キオクシア株に絡む特別利益は6兆3294億円で、内訳は開示されていないものの大半が再評価益とされています。再評価益とは、まだ売っていない株の「値札」が上がったことによる利益のことです。
同じ期に本業も伸びました。売上高は前年同期比27%増の9371億円、営業利益は2.8倍の1119億円。いずれも四半期ベースで過去最高を更新しています。
それでも、営業利益1119億円と純利益4兆4673億円のあいだには、桁がいくつも空いています。
動いたのは工場ではなく、株価だ。
この記事で持ち帰っていただきたいのは、銘柄の見通しではありません。「純利益」という一行を、性質の違う層に分けて読む習慣です。決算資料のどこを開けば、本業の利益と株価がもたらした利益を自分の手で切り分けられるのか。順に降りていきます。
2. 純利益は「一番下の行」であって「一番大事な行」ではない
損益計算書(P/L)は、会社が1年なり3カ月なりでどう儲けたかを段階に分けて示す表です。上から順に、売上総利益、営業利益、経常利益、税引前当期純利益、当期純利益と、五つの利益が縦に並びます。
それぞれの段には役割があります。売上総利益は売上高から売上原価を引いた「粗利」、営業利益は本業で稼いだ利益、経常利益は本業に財務活動を足した利益、税引前当期純利益はそこに臨時の損益を加味した額、当期純利益は税金を払ったあとの最終的な利益です。
大事なのは、下に行くほど「その期かぎりの事情」が混ざるという縦の構造です。営業利益までは本業の実力が出ますが、経常利益には受取利息や支払利息といった財務の損益が入り、税引前当期純利益には特別損益——災害損失や資産の売却益のような臨時の出来事が入ります。
会計の解説では、こんな注意喚起が定番になっています。当期純利益がプラスでも経常利益がマイナスなら、本業は赤字で、固定資産売却益などの臨時的な収益に依存して黒字を維持している可能性がある、と言われます。
同じ理屈は上下逆にも働きます。純利益だけが桁違いに伸びて営業利益がそれほど動いていないなら、伸びの正体は下の段で足された何かです。
純利益だけが跳ねた決算は、上の段を見に行けという合図なのだ。
3. 保有株式は、会計上どの箱に入っているのか

ここが本題です。「株を持っている」と一口に言っても、会計上はいくつかの箱に分かれ、箱ごとに損益の出方がまるで違います。
一つめは持分法適用会社の株式です。持分法とは、親会社が関連会社の業績を自社の財務諸表に反映させる会計処理で、通常は持株比率20〜50%程度、つまり「支配はしていないが重要な影響力がある」場合に適用されます。相手が純利益を出せば、その持分相当額が「持分法による投資利益」として計上されます。ここで効くのは相手の利益であって、株価ではありません。日本基準では営業外収益または営業外費用の区分に一括して表示するとされ、経常利益に反映されます。
表示場所は会計基準で変わります。IFRSでは包括利益計算書に独立して掲記され、一般的には財務費用と税金費用のあいだに並びます。米国会計基準を採用する富士フイルムホールディングス4901の例では、法人税等よりさらに下に置かれています。掲記場所の違いに振り回されず、金額そのものを追うことが肝心です。
二つめは「その他有価証券」の箱です。売買目的でも満期保有目的でも子会社・関連会社株式でもない株式が、ここに入ります。決算では時価に評価替えしますが、その差額は損益計算書を通りません。「その他有価証券評価差額金」として、貸借対照表(B/S)の純資産の部に直接計上されます。しかも税効果会計を適用した後の金額、つまり将来の税金分を差し引いた残りが載ります。
なぜP/Lを通さないのか。会計には「実現性が不確実な利益はなるべく計上したくない」という考え方があり、事業上すぐには売れない株の値上がりを、その期の成果として扱うのは適切でないと整理されているためです。売って初めて「投資有価証券売却益」としてP/Lに現れます。
三つめは、評価差額をそのまま当期の損益に入れる箱です。売買目的有価証券は時価評価の差額を当期の損益(営業外損益)として処理します。IFRSでは金融資産を償却原価、FVOCI(公正価値で測定し変動をその他の包括利益に計上)、FVTPL(公正価値で測定し変動を純損益に計上)の三区分に分けます。FVTPLに入った株式は、売っていなくても値動きがその期の純損益に乗ります。
同じ「株を持っている」でも、どの箱に入っているかで景色が変わるのだ。
東芝とキオクシアの関係は、この箱が動いてきた歴史そのものです。東芝は半導体メモリ事業を2兆円で譲渡し、譲渡先に3505億円を再出資して持分を残しました。その結果、2018年6月1日から持分比率40.2%の持分法適用会社となり、2020年8月には転換型優先株式が普通株式に転換されて持分比率は40.6%、普通株式は持分法投資として区分されています。
その後は段階的な売却が続き、保有比率は2026年3月末で17.59%、7月15日時点で15.1%まで低下しました。そして直近の四半期では、キオクシア株に絡む損益は「特別利益」として計上され、報道では再評価益と売却益の合計が6兆3294億円と伝えられています。残した持分について「時価の変動を通じて期間損益に反映される」と説明されており、株価そのものが利益として現れる形になったと読めます。
読者が自分で確かめるときは、その会社が日本基準・IFRS・米国会計基準のどれを採っているかを決算短信の表紙で見て、注記で有価証券の区分を確認する——この二手間が出発点になります。
4. 売っていない利益は、キャッシュフロー計算書で消える

会計上の利益が本物かどうかを疑う必要はありません。基準どおりに計上された正しい利益です。ただし「現金が入ってきたか」は別の話で、それを教えてくれるのがキャッシュ・フロー計算書(C/F)です。
営業キャッシュフローの作り方には間接法という方式があり、これは税金等調整前当期純利益からスタートして、現金の動きを伴わない項目を足し引きしていく形をとります。減価償却費のように「費用だが現金は出ていない」ものは足し戻し、逆に「利益だが現金は入っていない」ものは差し引きます。
差し引かれる側の代表が、まさに評価益や売却益です。会計解説では、非資金損益項目としてのれん償却額や持分法による投資損益が挙げられ、調整段階では固定資産売却益などの特別利益をマイナスすると整理されています。有価証券の評価損益も同じ扱いになります。
つまり、株価の上昇でP/Lに乗った巨額の利益は、C/Fの調整欄でほぼそのまま消えます。そこで現れるのが「純利益は途方もないのに、営業CFはそれほど増えていない」という形です。
この対比が、利益の性質を確かめる最短の検算になります。配当の原資や自社株買いの余力を考えるときも、見るべきは最終行の数字ではありません。
純利益は会計の結論、営業CFは現金の事実。
5. 上がるなら、下がる — 評価損益は双方向に効く

株価が上がれば利益が乗る仕組みは、株価が下がれば損失が乗る仕組みでもあります。ここは理屈ではなく、直近の値動きが証明しています。
キオクシアの株価は、2026年3月31日の1万9080円から6月30日には8万9680円へと、約4.7倍に急騰しました。この上昇が保有株の評価額を大きく押し上げ、巨額の利益計上につながっています。
ところが、話はそこで終わりません。株価は6月22日に年初来高値の11万2700円を付けたあと反転し、7月17日には5万2110円、7月29日には3万8380円まで下落しました。1カ月足らずでピークの半値以下となり、時価総額にして約30兆円が失われた計算だと報じられています。下落の主因は業績悪化ではなく、海外ETFの売却や国内個人投資家の信用取引の解消といった需給・テクニカル要因とみられています。8月4日の終値は5万2090円、8月7日の終値は4万7730円でした。なお、キオクシアは1株を3株とする株式分割(効力発生日2026年10月1日)を公表しており、ここに挙げた株価はいずれも分割前の水準です。
そして東芝側では、この下落を受けて2026年7〜9月期に再評価損を計上する可能性がある、とされています。同じ持分が、期をまたぐだけで逆方向の損益を生みます。この往復が約7カ月のあいだに繰り返されているのが、いま起きていることです。
規模感も押さえておきましょう。東芝の2026年3月期通期(米国会計基準)は、純利益が前の期比約7倍の1兆9673億円、売上高が6%増の3兆7091億円、営業利益が52%増の3008億円でした。同じ期のキオクシア株の売却益と再評価益は2兆2770億円で、営業損益3008億円の約7.6倍にあたります。売上高営業利益率8.1%は年度決算として過去最高でしたが、最終利益の水準を決めたのは本業ではありませんでした。
保有株の時価が自社の規模に対して大きいほど、業績の振れ幅は保有株の振れ幅に支配されます。だからこの種の会社を評価するときは、事業そのものの価値と保有株の価値を分けて考え、足し合わせるときに二重に数えない、税金の分を忘れない、という手順が要ります。
上がる仕組みは、そのまま下がる仕組みである。
6. 自分で確かめる六つの手順
ここからは実用パートです。決算短信や有価証券報告書を開いて、次の順に突き合わせてみてください。
- サマリーの1ページ目で、売上高・営業利益・(経常利益)・純利益の前年同期比を横に並べます。純利益だけ伸び率の桁が違うなら、以下へ進みます。
- 損益計算書の本体で、どの段で差がついたかを特定します。営業外損益で開いたのか、特別損益で開いたのか。ここが分かれ道です。
- その段の科目名を読みます。「持分法による投資利益」「投資有価証券売却益」「有価証券評価益」——科目名がそのまま利益の性質を語っています。
- キャッシュ・フロー計算書に移り、営業CFの冒頭近くの調整項目を見ます。同じくらいの大きさのマイナスが並んでいれば、その利益は現金を伴っていないという裏付けになります。
- 注記で有価証券の区分と残高を確認し、B/Sの純資産の部にある「その他有価証券評価差額金」を見ます。P/Lに出ていない含み益がどこに積まれているかが分かります。あわせて、自社が日本基準・IFRS・米国会計基準のどれを採っているかも確認します。
- 通期予想の純利益に、この一過性の要因がどう織り込まれているかを見ます。翌期に利益が大きく減っても、それは「悪化」ではなく「消えただけ」のことがあります。
慣れれば5分ほどの作業です。難しいのは計算ではなく、最終行で満足せずに上の段へ戻る習慣のほうです。
7. 同じことが起きる会社を、あらかじめ見分ける
この現象は東芝に固有のものではありません。持分の一部を手元に残した会社では、構造的に起こり得ます。
入口は三つあります。第一に、上場している関連会社を持つ親会社です。持分法は通常20〜50%の保有で適用されますが、15%程度でも役員の派遣や技術的に密接な関係があれば関連会社と判断されることがあり、線引きは比率だけでは決まりません。
第二に、事業を売却したときの開示です。東芝は事業を2兆円で譲渡し、譲渡先に3505億円を再出資して持分を残しました。譲渡価額とあわせて再出資額と残存比率を確認したい、というのがこの事例の教訓です。切り離した事業の成長が元の会社の損益に戻ってくるかどうかは、その数字で決まります。
第三に、保有比率そのものの推移です。東芝の保有比率は2026年3月末の17.59%から7月15日時点の15.1%へ動きました。しかも比率は自社の売却だけで決まりません。キオクシアは2026年7月31日に、上限3000万株・8000億円の自己株式取得枠(取得期間2026年8月3日〜10月30日、自己株式を除く発行済株式総数の最大5.5%)と株式分割を公表しています。相手側の資本政策も、持分割合や1株当たり指標を動かす要因になります。
スクリーニングで一つ、気をつけたい落とし穴があります。株価収益率(PER)が極端に低く見える会社です。PERは株価を1株当たり利益で割った指標なので、一過性の利益で分母がふくらめば、実力に変化がなくても数字は劇的に低く出ます。割安に見える理由が「利益が一時的に大きいから」であれば、その割安さは翌期に消えます。
8. どの利益に、何を期待するか
評価益は偽の利益ではありません。会計基準に沿って計上された、正しい利益です。問題は真偽ではなく、期待の置き方にあります。
本業の利益には「来期も似た理由で似た額が出るだろう」という継続性の期待を置けます。株価がもたらした利益には、それが置けません。翌期は同じ額が出るかもしれないし、符号ごと反転するかもしれない——実際、キオクシア株の下落を受けて、東芝は7〜9月期に再評価損を計上する可能性があるとされています。
もっとも、この決算を「見せかけの好決算」と切り捨てるのも読み違いです。同じ4〜6月期に、東芝は売上高27%増、営業利益2.8倍、売上高営業利益率12%(前年同期から7ポイント改善)と、本業でも四半期の過去最高を更新しました。会社は2027年3月期に営業利益3800億円・営業利益率10%という再建計画の目標を掲げており、池谷光司副社長は「目標の達成が見えてきた」と述べています。株価の利益と本業の利益は、混ぜずに両方を見る対象です。
では、私たちに何ができるのか。難しいことではありません。「純利益◯倍」という見出しに出会ったら、まず営業利益の行と営業CFの行、この二行を確かめる。それだけで、その決算が語っている話の半分は正体を現します。
見出しの倍率ではなく、利益の出どころ。
本記事は公開情報をもとにした解説であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
