1. 2026年7月28日、何が起きていたか

2026年7月28日の東京株式市場は、朝から売りが優勢でした。日経平均株価は取引時間中に一時2,600円を超えて下げ、節目の6万3,000円台を割り込みます。率にすれば4%前後の下落で、1日の値動きとしてはかなり大きい部類です。下げ幅はその後さらに広がり、日本経済新聞は同日、一時3,000円安になったと報じています。

きっかけは前日の米国市場です。半導体関連株が大幅に下落した流れを、そのまま引き継ぐ形になりました。

売りの中心は、アドバンテスト6857東京エレクトロン8035といった半導体関連銘柄、そしてソフトバンクグループ9984やフジクラなどのAI関連銘柄です。半導体メーカーのキオクシアなど、「ストップ安」になる銘柄も出ました。ストップ安とは、1日に動ける値幅の下限まで売られ、そこで売買が事実上詰まってしまう状態のことです。

同じ日、韓国の総合株価指数KOSPIは8%を超えて急落し、年内8回目となるサーキットブレーカーが発動されました。サーキットブレーカーは、相場が急変したときに取引をいったん止める安全装置です。誤解されやすいところですが、日経平均そのものがサーキットブレーカーの発動に至ったわけではありません。

ここまでなら「AI株安の一日」で片づきます。ところが、話はそこで終わりません。

同じ日でも、景色は銘柄ごとにまるで違いました。7月28日の取引時間中に取得した株価情報では、キオクシアホールディングス285A(285A)が-9,840円(-18.04%)、ソフトバンクグループ(9984)が-236円(-4.43%)と下げる一方で、さくらインターネット3778(3778)は+205円(+7.07%)でした。全面安ではないのです。

それでも多くの投資家が首をかしげます。AIにも半導体にも縁のない銘柄を持っていた人まで、同じ日に値下がりに付き合わされることがあるからです。ニュースは「AI株安」と伝えます。しかし、AI株を持っていない口座まで赤くなる理由は、そこには書かれていません。

その理由は、売られた会社の中ではなく、別の誰かの口座の中にあったのだ。

2. 信用取引と「追証」——借りたお金で株を買うということ

まず、配管の話から始めます。株安の連鎖を運んでいるのは、業績でも心理でもなく、信用取引という仕組みです。

信用取引は、証券会社にお金や株を借りて売買する仕組みです。日本のルールでは、売買代金の30%以上を「委託保証金」——取引の担保として預けるお金——として差し入れる必要があります。金融商品取引法161条の2に基づく規制で、レバレッジ(自己資金の何倍まで取引できるかの倍率)は3.33倍、最低30万円以上とされています。

つまり、手元資金の約3.3倍まで買えるということです。300万円の取引をしたいなら、必要な担保は90万円以上になります。

新規に買ったあとに効いてくるのが「委託保証金維持率」です。建玉(まだ決済していない持ち高)に対して担保がどれだけ残っているかを示す割合で、信用取引の命綱にあたります。多くの証券会社では、この維持率が20%(会社によっては25%)を下回ると、追加の担保を求められます。これが「追証(おいしょう)」です。

数字で追うと、その速さが分かります。自己資金100万円で300万円分を買った場合、当初の維持率は33.3%です。ここで株価が10%下がると含み損は30万円になり、実質の保証金は70万円、維持率は23.3%へ落ちます。追証ラインが25%の会社なら、この時点で追証が確定し、25%(75万円)へ戻すために最低5万円を翌営業日までに入れることになります。

株価の下げは10%です。それだけで、維持率は33.3%から23.3%へ動きます。

レバレッジそのものの怖さも押さえておきます。100万円の元手で330万円分を買い、株価が20%下がると、損失は66万円。残高は34万円です。たった20%の変動で、資産の66%が吹き飛ぶ計算になります。

そして、追証には締め切りがあります。期限は証券会社によりますが、おおむね発生日の翌々営業日の正午前後です。

ここに時間の罠があります。慌てて手元の現物株を売っても、代金が入る受渡日は約定日を含めて3営業日目です。追証の期限には間に合いません。選択肢は、銀行振込での入金か、建玉の返済に絞られます。

期限までに対応できなければ、証券会社が建玉を強制決済します。売る価格は選べません。

もう一つ、担保の性質にも触れておきます。担保は現金でなくてもよく、持っている現物株を差し入れる「代用有価証券」という方法があります。この場合の評価は時価の満額ではなく、通常は時価の80%(掛目)です。信用で買った銘柄の株価が動いていなくても、担保にしている株が下がるだけで、維持率は大きく変わってしまいます。

3. なぜ「無関係な銘柄」まで売られるのか——換金売りの伝播経路

追証を求められた人が最初にぶつかるのは、「では、どれを売るか」という問題です。

値下がりした当の銘柄を売っても、損が確定するだけで、必要な資金は十分に作れません。しかも、その銘柄がストップ安なら、そもそも売り注文が約定しません。扉の閉まったエレベーターに乗っているようなもので、降りたくても降りられないのです。

そこで手が伸びるのは、確実に換金できるものです。含み益があり、いつでもまとまった金額をさばける流動性の高い銘柄——多くの人が「優良株」と呼んで安心して持っている、あの銘柄です。

こうして下落は、悪材料の出た銘柄から、換金しやすい銘柄へと移っていきます。

2026年7月17日の東京市場は、この構図をよく示しています。この日、キオクシアホールディングスはストップ安(終値52,110円、16.10%安)でした。ところが、前場の日経平均下落に対するキオクシアの直接の押し下げ寄与は約7.8%にすぎない、という分析が出ています。

残りは、他の銘柄が下げた分です。同じ日、SUMCOは15.17%安、サムコは12.21%安、太陽誘電6976は11.90%安、アドバンテストは7.20%安、ソフトバンクグループは9.01%安でした。

米国にも似た例があります。米半導体関連のKLAは、たった1日で時価総額の1割以上を失いました。7月2日の終値は235.55ドル、前日比11.51%安。しかし解説記事はこう書いています。要因のほとんどはKLA自体とは無関係であり、同社内部で何か問題が生じたわけではなく、単に相場がリセットされただけだ、と。

最も危ないのが「二階建て」と呼ばれる状態です。担保に差し入れている現物株と、信用で買い建てている銘柄が同じになっている形を指します。たとえば、A社の現物株100万円分を担保(評価は80万円)にして、さらにA社株を240万円分信用買いする。

この状態でA社株が下がると、建玉の含み損が膨らむのと同時に、担保の価値も目減りします。分母と分子が同時に悪化するため、維持率は通常の何倍もの速さで低下していきます。

流動性は平時の長所です。買いたいときに買え、売りたいときに売れる。その同じ性質が、非常時には真っ先に狙われる弱点に変わるのだ。

4. 連鎖はどこで止まるのか——強制決済と自己増幅のループ

追証はなぜ無関係な優良株まで売るのか。4つが循環する。株価下落、追証の発生、換金売り、さらなる下落、そして最初の株価下落に戻る。1周するごとに強まる

ここまでを一本の線でつなぐと、こうなります。株価下落によって追証が発生し、追証を解消するための売りが出て、その売りがさらに株価を下げ、次の投資家に追証が発生する。

「売りが売りを呼ぶ」というのは、感情の問題ではなく、ルールとして組み込まれた連鎖なのだ。

実際の数字で確認します。7月17日、日経平均は取引時間中に一時4,131円安まで下げ、終値は前日比2,694円42銭安の6万4,141円12銭、下落率は4.03%でした。この急落は突然始まったわけではありません。前日16日にすでに1,915.97円下げており、2営業日で4,610.39円(6.71%)の下落。二日目に売りが加速しています。

機械的な売りも重なりました。売り方が意識していたのは、6月25日の最高値(終値7万2366円)から8%安にあたる6万6577円という水準です。17日は寄り付きからこの水準を割れ(6万6339円)、自動売買が炸裂したと指摘されています。追証による売りは、こうしたプログラムの売りと同じ方向に積み重なります。

連鎖は国境も越えます。7月17日は台湾加権指数が6.47%下落し、その前日の韓国KOSPIは6.37%下落していました。前夜の米フィラデルフィア半導体指数(SOX指数、米国の有力半導体企業30社で構成される株価指数)は約4.3%安です。

日本のAI株は、サムスン電子とSKハイニックスの2社で時価総額の50%超を占めるKOSPIの下落の余波を、強く受けるようになったとの指摘もあります。日・韓・台の市場は、AI・半導体という共通テーマを介して、ひとつの相場のように動き始めているという見方です。

では、この連鎖はどこで止まるのでしょうか。

大事なのは、これが資金繰りの話だという点です。売らざるを得ない人の持ち高が出尽くせば、売り圧力そのものが消えます。市場ではこれを「セリング・クライマックス(セリクラ)」と呼びます。

実際、7月17日にストップ安となったキオクシアは、7月21日には前日比+8,950円(+17.18%)と東証プライムの上昇率1位になり、日経平均を単独で約210円押し上げました。恐怖に負けて底値で手放した個人投資家の玉を、資金に余裕のある大口が拾ったという指摘も出ています。

どの銘柄に「追証予備軍」が乗っているかは、事前にある程度見えます。手がかりは、信用買い残(信用取引で買われたまま決済されていない残高)と信用倍率です。

一般的な目安として、買い残が1日の出来高の5倍以上、信用倍率が10倍・50倍・100倍といった水準は赤信号。買い残が1日の出来高より少なく、信用倍率が1〜3倍程度なら比較的安全、と整理されています。市場全体では、信用買い残が過去最高の7兆円を超えたとの指摘も出ていました。

5. 暴落の日に確認すべきこと——「業績の話」か「資金繰りの話」か

ここからは、私たちの手の動かし方の話です。論点は大きく四つに整理できます。

一つ目は、下落の理由を切り分けることです。

7月16日、台湾積体電路製造(TSMC)は市場予想を上回る決算を発表しました。4〜6月期の純利益は前年同期比77%増、設備投資計画の引き上げとAI需要への強い見通しも示されています。それでも、アドバンテストや東京エレクトロンといった主力半導体株への売り圧力は続きました。

決算が悪かったわけではありません。それでも株は下がります。この二つは矛盾しません。

切り分けの問いは、いつも一つ。「この会社の稼ぐ力が変わったのか、それとも、誰かの締め切りが来ただけなのか」。

二つ目は、自分の締め切りを確認することです。追証には翌々営業日の正午前後という期限があります。しかしその締め切りに追われているのは、信用取引をしている人であって、現物で長期に持っている人ではありません。他人の締め切りに、自分の売買を合わせる必要はないのです。

三つ目は、やってはいけないことの確認です。一つは、値幅だけを見た狼狽売りです。もう一つは、「安いから」という理由だけのナンピン買いです。どちらも、下落の性質を判断しないまま手を動かしている点で、同じ誤りです。相場が荒れているときは、「休むも相場」という格言に立ち返るのも一つの選択肢になります。

四つ目は、平時にやっておくことです。自分がレバレッジをかけていないかの確認。現金の比率。保有銘柄の信用倍率。そして、維持率の水準や追証の期限は証券会社ごとに違いますから、自分の口座の規定を一度読んでおくことです。

最後に、視野の話も添えておきます。AI株が暴落した週にも、前週末比34.8%上昇していた非AI銘柄があったと伝えられています。米国では、AI事業で乗り遅れていたアップルが消去法的に買われ、7月17日にエヌビディアを抜いて時価総額世界一に返り咲きました(2026年年初からの上昇率は前年末比約20%)。7月21日の東京市場でも、半導体株が買われたあと、資金が商社や保険株といったバリュー株へ広がる動きが見られました。

AI株が暴落してもほかの株が見直し買いされ、資金循環が進むことで全面安になりにくいのが2026年の傾向かもしれない——そうした見方も出ています。相場を言い当てる材料にはなりませんが、「全部が同時に終わる」という思い込みを外す材料にはなります。

6. まとめ——価格は事実だが、理由ではない

この記事の論点を回収しておきます。

  • 信用取引は売買代金の30%以上の担保が必要で、手元資金の約3.3倍まで買える。維持率が20%(会社によっては25%)を割ると追証が発生する
  • 追証の期限はおおむね翌々営業日の正午前後。現物株を売っても受渡は3営業日目で間に合わず、入金か建玉の返済しか選べない。未対応なら証券会社が強制決済し、価格は選べない
  • 追証を求められた人は、ストップ安で売れない銘柄ではなく、換金しやすい優良銘柄を売る。だから下落は「悪材料の出た銘柄」から「流動性の高い銘柄」へ移る
  • 売り→下落→追証→売りの自己増幅は、感情ではなくルールの連鎖。ただし資金の話なので、玉が出尽くせば止まる
  • 暴落の日に見るべきは値幅ではなく、下落の性質。稼ぐ力が変わったのか、他人の資金繰りに巻き込まれただけなのか

2026年7月28日という一日から持ち帰るべきものは、相場観ではありません。値動きの裏側に走っている配管の図面です。

暴落の日の株価は、その企業の価値に下された評決ではありません。その日たまたま、売らざるを得ない事情を抱えた人がいたという記録でもあります。

価格は事実である。だが、理由ではない。


本記事は公開情報をもとにした解説であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。