1. 同じ日に並んだ「3%」と「4%」

2026年9月1日、日本の長期金利が節目を越えました。長期金利の代表的な指標である新発10年物国債の利回りが3.0%をつけたのです。1996年9月以来、およそ30年ぶりの高さでした。
前日の8月31日には一時2.95%。そこから前日比で約6bp(0.06%)動いて、大台に乗りました。ちなみに「bp(ベーシスポイント)」は金利の世界の細かい目盛りで、1bpは0.01%のことです。1年前はこの約半分の水準だったとされ、異次元緩和が終わった2024年3月19日には0.741%でした。2026年の年初でも2.1%程度だったと分析されています。上がり方の速さのほうが、水準よりも目を引きます。
同じころ、生活の側の金利も動いていました。全期間固定型の住宅ローン「フラット35」の金利は2026年8月時点で3.290%です。9月は3.40%〜3.50%になるとの予想が出ています。一方で変動金利は、最も低いところでUI銀行の0.845%です。同じ「住宅ローン金利」でも、固定と変動でこれだけ離れています。
そして株式市場では、「日本株が耐えられる長期金利の限度は4%」という言い方が語られていると伝えられます。3.0%、3.290%、そして4%。数字は近いのに、指しているものはまったく違います。
ここで立ち止まりたいのです。株の「金利耐性」とは、いったい何を測った数字なのか。そして「4%」は、誰がどうやって出したのか。この記事の約束はひとつ。見出しの4%を、あなたが自分の電卓で再現できる形にまで分解します。
2. 株価と金利をつなぐ一本の線——益回りとイールドギャップ

株と金利をつなぐ道具は、驚くほど簡単です。割り算がひとつ、引き算がひとつ。それだけです。
まず「PER(株価収益率)」。株価が1株あたり利益の何倍かを示す、株の値札のようなものです。PERが10倍なら、その会社の利益で株価の元を取るのに10年かかる、という読み方をします。
このPERをひっくり返すと、株を「利回り」に翻訳できます。1をPERで割るだけです。PER20倍なら1÷20で5%、PER16倍なら1÷16で6.25%になります。これが「益回り(株式益回り)」です。定期預金の利率と同じ土俵に、株を引きずり出す操作だと思ってください。
実データで確かめてみましょう。日経電子版の国内株式指標では、2026年9月1日時点の株価収益率が予想ベースで17.17倍、そして株式益回りが予想ベースで5.82%と並んで載っています。前期基準では株価収益率19.85倍に対して株式益回り5.03%。どちらも、PERの逆数がそのまま益回りになっていることが確認できます。予想配当利回りは2.37%ですから、益回りはその倍以上あります。企業が稼いだ利益のうち、配当として出ていく分だけでなく、社内に残る分まで含めて数えた利回りだからです。
ここに引き算をひとつ加えます。
益回り − 長期国債利回り = イールドギャップ(イールドスプレッドとも呼ばれます)
株の利回りが、ほぼ安全とされる国債の利回りを、どれだけ上回っているか。株が債券に対して稼いでいる「点差」です。ピクテの市川眞一氏は、これを株価と金利の相対的なバリュエーション、つまり「割高・割安の物差し」の尺度だと説明しています。一般に、この差が大きければ株は相対的に割安、小さければ割高と評価されます。
さきほどの数字で計算してみます。予想の益回り5.82%から長期金利3.0%を引くと、点差はおよそ2.8ポイント。日本銀行の金融システムレポート(2026年4月号)も、株式期待益回りから10年物国債金利を引いたイールドスプレッドが、金利が上昇するなかで幾分低下していると記しています。市川氏はさらに踏み込んで、日経平均のこの差が今年に入って急速に縮小し、リーマンショック期以後では最低の水準になったと指摘しています。
長期金利が上がれば、引かれる数が大きくなります。だから点差は縮みます。株と債券は、こうして同じ物差しの上に並ぶのだ。
3. 「限度は4%」を逆算してみる

さて本題です。「4%」はどこから出てくるのか。手順は5つに分解できます。
- いま市場でついている予想PERを確認する
- その逆数を取って益回りを出す
- 長期国債の利回りを引いて、いまのイールドギャップを出す
- 「点差がここまで縮んだら株は割高だ」という許容下限を、自分で決める
- 益回りからその許容下限を引く。出てきた数字が、耐えられる金利の上限
先ほどの数字を入れてみましょう。予想PER17.17倍、益回り5.82%、長期金利3.0%、いまの点差はおよそ2.8ポイント。
ここで④の許容下限をゼロと置くとどうなるか。株の利回りと国債の利回りが並ぶ地点まで我慢する、という立場です。その場合の金利上限は、益回りと同じ5.82%になります。4%よりずいぶん上です。
では逆に、上限のほうを4%と置いてみます。すると益回り5.82%から4%を引いた残り、1.8ポイント強が「これ以上は譲れない点差」として暗黙に置かれていたことになります。つまり「限度は4%」という結論の裏側には、「株は国債より1.8ポイントほど余分に稼いでいてほしい」という判断が、最初から埋め込まれているわけです。
ここが肝心なところです。④は観測ではなく、判断。厚めに取る人の答えは4%より低く出て、薄くていいと考える人の答えは4%より高く出ます。同じ算式なのに、答えだけが人によってずれます。
しかも②の入り口からして一枚岩ではありません。日経平均のPERには複数の計算方法があり、2026年8月28日時点で指数ベースが22.09倍、加重平均が17.36倍。同じ日の同じ指数を見ているのに、値札がこれだけ食い違います。野村證券は、TOPIXのPERは17倍台、日経平均株価のPERは23倍台と説明しています。どのPERを起点にするかで、益回りも、そこから逆算される金利上限も動くのです。
「4%」は観測された事実ではなく、前提の産物である。
4. 分母だけでなく分子も動く——「利益成長シナリオ」が効く理由
ここまでの話は、実は片手落ちです。金利の上昇を、割り算の下側——専門的には「割引率」、つまり将来のお金を今の価値に直すときの目減り率——の話としてだけ扱ってきました。
しかし益回りは、1株あたり利益を株価で割ったものです。上の段、つまり企業の利益そのものも動きます。
そして金利が上がる局面は、多くの場合インフレや名目成長の裏返しでもあります。市川氏の整理は明快です。デフレ期は売上高が縮み、利益を確保するには経費削減か価格競争しか手がなく、それがまたデフレを助長します。日経平均の予想EPS(1株あたり利益)は、消費者物価指数とともに底這いになりました。一方、インフレ期は売上高が増え、利益も増えやすくなります。だからこそ2023年以降の大幅な株価上昇にもかかわらず、日経平均の予想PERは20±5倍の範囲内で推移し、安定基調が崩れていないと同氏は指摘します。
言い換えれば、金利上昇の逆風は、利益の追い風で一部が相殺されうる、ということです。市川氏が「デフレ期における尺度でインフレ期における金利と株価の相対的な関係を測るのは合理的とは言えない」と述べ、イールドスプレッドの適正水準は外部環境によって変化し、過去のトレンドで単純に評価することはできないと結論づけるのは、この理屈からです。
では、どんな金利上昇なら話が違うのか。金利の中身を分解すると見えてきます。長期金利は理論的には「潜在成長率+期待インフレ率+リスクプレミアム」で決まる、と市川氏は書いています。浜銀総研も同様に、自然利子率・予想インフレ率・リスクプレミアムへの要因分解で足元の上昇を説明しています。ここでいうリスクプレミアムは、貸し手が「この国債を持つのは不安だから、その分は上乗せしてほしい」と要求する追加利回りのことです。
今回の3%接近は、どの成分によるものだったのか。SMBC日興証券の永田紘一氏は、国債の発行に対する投資家の需要の弱さが改めてあらわになったと述べています。2027年度予算の概算要求の総額が過去最大の143兆円前後に膨らんだ模様と伝えられ、財政への懸念が意識されたタイミングでもありました。ABC経済研究所の熊野英生氏はより直截で、高市首相が掲げる「責任ある積極財政」の「責任」に市場が疑問符を付け始めた、と評しています。
同じ「4%」でも、来歴が違えば意味は逆になるのだ。企業の売上と利益を押し上げながら上がっていく4%と、財政不安の上乗せ分で上がる4%。前者は分子と分母が一緒に動きますが、後者は分母だけが動きます。「試される利益成長シナリオ」という言い回しが指しているのは、まさにここです。
5. 業種で耐性が違う——同じ金利上昇でも効き方は一様でない

マクロの話を、手元の持ち株の高さまで下ろしましょう。金利上昇は市場全体を一律に痛めつけるわけではありません。
追い風になる側があります。銀行業がその代表です。日銀が2024年3月にマイナス金利を解除して以降、政策金利は0.25%→0.5%→0.75%→1.0%と段階的に引き上げられ、貸出金利の上昇が銀行の収益を押し上げる構図が定着してきたと整理されています。預金で集めた資金と貸出金利の差、いわゆる「預貸金利ざや」が広がるからです。
保険業も同じ側にいます。生命保険会社は預かった保険料を長期の債券などで運用するビジネスモデルですから、長期金利が上がれば新規に購入する国債の利回りが改善し、将来にわたる運用収益が積み上がっていきます。低金利が長く続いた日本で最も苦しんだ業種のひとつが、環境の反転で立場を変えました。
価格転嫁ができる企業も強い立場にあります。JR東日本は2026年3月14日、1987年の会社発足以来はじめてとなる全面的な運賃改定を実施しました。改定率は全体で平均7.1%。この運賃改定を主因とする運輸収入の増加が、営業利益を約950億円押し上げる見通しとされています。値上げが通る企業は、インフレを利益に変換できます。第4章でいう「分子」を自力で動かせる側です。
逆風になりやすいのは、多額の借入で長い資産を抱える業態と、成長期待が遠い将来の利益に偏っている銘柄です。原理はシンプルで、割引の効き方は期間の長さに比例して強まります。来年の1万円と20年後の1万円では、金利が1ポイント上がったときに削られる現在価値がまるで違います。だから「これから伸びる」という物語で買われている株ほど、金利上昇には敏感になります。
借り手側が金利上昇を前提に動き始めた証拠は、家計の側にも出ています。フラット35は2026年8月に3.290%、9月は3.40%〜3.50%と予想される一方、変動金利は最低で0.845%。この差は、固定を選ぶ人が払っている「将来の金利上昇に備える保険料」にほかなりません。国という最大の借り手も同じです。財務省は概算要求における国債利払いの想定金利を3.8%程度とする見通しと伝えられ、浜銀総研は2040年度の利払費が25年度に比べて4倍以上になる見通しだと試算しています。
効き方は、業種ごとに正反対。
6. 自分で確かめる手順
明日から実行できる形に落とします。特別なツールは要りません。
- 日経平均や東証全体の予想PERを確認する。日経電子版の国内株式指標のように、株価収益率と株式益回りを並べて載せている一次情報のページを見にいくのが早道です。どのPER(指数ベースか加重平均か、日経平均かTOPIXか)を見ているのかも、必ず控えておきます。
- 1をPERで割って益回りを出す。指標ページに株式益回りが載っていれば、そのまま使えます。
- その日の新発10年物国債利回りを引く。出てきた数字が、いまのイールドギャップです。
- 過去や他の局面と比べて、その点差が厚いか薄いかを見る。厚み自体に絶対の正解はなく、環境によって適正水準が動くという前提も一緒に持っておきます。
- 金利上昇のニュースを見たら、「分子(企業の利益)も一緒に上がる話か」を必ず問う。売上と利益を伴う上昇なのか、財政不安の上乗せなのかで、同じ水準でも意味が変わります。
この5手順を一度でも自分で通すと、「限度は4%」という見出しの読み方が変わります。あの数字は市場が観測したものではなく、④に何を置いたかで決まる逆算値だからです。ちなみに、市場参加者の見立ても一枚岩ではありません。三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩氏は10年国債利回りの年末着地水準を3.0%、年内の最大上振れ水準を3.3%と予想し、そのうえで日経平均は年末71,000円、TOPIXは4,300ポイントと、いずれも上昇基調は不変とみています。野村證券も日経平均株価の見通しを2026年末70,000円へ上方修正しており、PERが17倍台から16倍前後に低下した場合でもTOPIXの妥当な水準として4,800前後が視野に入るとしています。金利上昇と株高は、必ずしも背反しないという見方です。
なお、これらはあくまで見通しです。相場がその通りに進む保証はどこにもありません。
7. まとめ
論点は3つに整理できます。
- 「4%」は予言ではなく、前提つきの逆算結果です。益回りから「これ以上は譲れない点差」を引いた残り。その点差を誰が、いくらに置いたのかを確かめないまま数字だけ持ち帰ると、他人の前提を自分の判断だと錯覚することになります。
- 金利の上昇は、分母(割引率)だけの話ではありません。企業の利益という分子が一緒に動く上昇なのか、財政やリスクプレミアム由来で分子が伴わない上昇なのか。同じ水準でも株への意味は正反対になります。
- 効き方は業種で分かれます。金利上昇が収益源そのものになる業態もあれば、遠い将来の利益に価値の重心がある銘柄のように、割引の強まりを正面から受ける側もあります。
では、私たちに何ができるのか。日経平均66,215.34円、長期金利3.0%という2026年9月1日の数字は、明日には別の数字に入れ替わります。入れ替わっても使い続けられるのは、水準ではなく手順のほうです。予想PERを見て、逆数を取り、長期金利を引く——この3手を自分の手で通す習慣が、見出しに振り回されないための最初の防波堤になります。
そして、金利のニュースは水準ではなく理由で読む習慣をつけたいところです。暗記すべきは閾値ではなく、閾値の作り方である。
本記事は公開情報をもとにした解説であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
