1. 6万2000円割れ——朝の数時間で消えた3000円
2026年7月28日の東京株式市場。日経平均株価は前日より391円安い6万4539円92銭で取引を始めました。数字だけ見れば、よくある小幅安の朝です。
ところが、そこから下げ足が速まります。午前9時12分には1992円13銭安の6万2939円06銭。前引け(午前の取引が終わる時点)では前日比2884円73銭安の6万2046円46銭でした。下げ幅は取引時間中に一時3000円を超え、節目の6万2000円を割り込みます。取引時間中に6万1000円台をつけるのは5月22日以来、約2カ月ぶりのことでした。
見出しは「全面安」と伝えます。ただ、前引け時点の東証プライムの内訳を見ると、値下がりは1096銘柄で全体の7割、値上がりは434銘柄、横ばいは26銘柄。原油価格の下落を受けて食料や空運、陸運の一角は買われ、ファーストリテイリング9983やリクルート、中外製薬4519、第一三共4568も上げています。
売られたのは日本株のすべてではなく、日経平均という指数の重心だったのだ。
2. 震源はソウル——引き金を引いたのは「サーキットブレーカー」
この日、まず崩れたのは東京ではなく韓国の株式市場でした。韓国総合株価指数(KOSPI)は9%を超えて急落し、市場全体の取引を一時止める「サーキットブレーカー」——株価が急変したときに投資家の頭を冷やすため、取引所が強制的に売買を停止する仕組みです——が発動されました。8%下落した時点で取引が約20分間停止され、日本時間11時01分には9.2%安の6134.77ポイントと、4月中旬以来の安値をつけています。プログラム売買を一時停止させる「サイドカー」も発動されました。
売りの中心はメモリー半導体の2社です。SKハイニックスが11%超、サムスン電子が約10%下落しました。この2社だけでKOSPIの時価総額の半分超を占めます。2社が同時に転べば、指数はそれだけで倒れる構造です。
きっかけは前夜のニューヨーク市場でした。エヌビディア株が約5%下落。ウォール・ストリート・ジャーナルは、エヌビディアがOpenAIの大規模データセンター計画に資金を提供する可能性があると報じ、AIインフラへの投資拡大に対する懸念が高まったとされます。財務の健全性や投資の採算性への疑念です。加えて中国勢の台頭——メモリー大手CXMTの大型上場デビュー、そして中国の国有企業が液浸DUV露光装置(半導体の回路を焼き付ける中核装置)の生産を開始したとの報道が、競争激化への警戒を強めました。27日の米フィラデルフィア半導体株指数(SOX)も2%あまり下げています。
東京市場は、この流れをまともに受けました。韓国株の急落を受けて海外投機筋による日経平均先物への売りが膨らみ、指数を下押しします。メモリー大手のキオクシアホールディングス285Aは節目の5万円を割り、一時は制限値幅の下限、いわゆるストップ安まで売り込まれました。アドバンテスト6857、東京エレクトロン8035、レーザーテック6920、ディスコといった半導体関連が軒並み安。
東京の相場を動かしたのは、東京の事情ではない。
3. 日経平均は、いつのまにか「半導体指数」になった
ここで、多くの人が誤解したまま眺めている指数の中身に踏み込みます。
日経平均は、東証プライムに上場する銘柄から選ばれた225銘柄の「株価」を足し合わせ、除数と呼ばれる数字で割って算出します。株価換算係数で調整はしますが、基本は株価平均型です。会社の規模(時価総額)ではなく、1株あたりの株価が高い銘柄ほど指数を大きく動かす。これが「値がさ株」——株価の絶対値が高く、指数への影響力が大きい銘柄——という言葉の意味です。
構成比率を示した資料では、ファーストリテイリングが11.4%、東京エレクトロンが6.5%、アドバンテストが5.8%、ソフトバンクグループ9984が4.7%と並びます。2024年8月末時点の集計では、上位10銘柄の合計が40.85%に達していました。比較のために言えば、米国の巨人であるエヌビディアでさえ、S&P500種に占める比率は7%とされています。
この偏りは、下落の日にはっきり数字として現れます。7月17日の急落では、アドバンテストと東京エレクトロンの2銘柄だけで日経平均を約788円分押し下げた計算になると報じられました。6月5日の882円安では、東京エレクトロンが単独で約423円、アドバンテストが約339円、イビデンが約93円を押し下げ、上位3銘柄の合計は約855円に達したとされています。指数の下げの大部分が、ほんの数社から来ているのです。
上げの局面でも同じことが起きていました。楽天証券の集計では、7月初めの時点で日経平均は年初来39%上昇、一方でTOPIX(東証株価指数、市場全体の値動きに近い指数)は19%の上昇にとどまっています。日本の半導体株価指数は年初来139%上昇していました。伊藤忠総研は、アドバンテスト、東京エレクトロン、レーザーテック、フジクラ、ソフトバンクグループを除いて算出した「日経平均(除くAI)」を並べ、パフォーマンスが大きく乖離していると指摘します。指数の運営側もこの偏りを問題視しており、2026年春の定期見直しではアドバンテストに10%のウエート上限(キャップ)調整の適用が確認されました。
日経平均は日本経済の鏡ではなく、AI・半導体という一本のテーマの体温計になっていたのだ。
4. 個人投資家を襲うのは、値動きではなく「持ち方」
ここからは、私たちの財布に近い話です。
7月17日、日経平均は前日比2694円42銭(4.03%)安の6万4141円12銭で引けました。1日の下げ幅としては歴代5位、週間の下げ幅4416円は過去最大です。値動きの荒さは、この夏の東京市場の常態になりつつあります。
その荒れ場で最も損をしたのは、レバレッジをかけた人たちでした。キオクシアの株価は、6月22日の最高値11万2700円から、7月17日の取引時間中にはストップ安の5万2110円。1カ月弱で54%安です。同社の信用倍率——買いの残高を売りの残高で割った数字で、高いほど「買いから入った個人」が滞留していることを示します——は17日時点で36倍でした。市場では「キオクシアやソフトバンクグループなどに信用買いを入れていた個人の多くが損失覚悟の売りを迫られた」(立花証券の鎌田重俊参与)との見方が出ています。
信用取引は、自分のお金より大きな金額を動かせる代わりに、値下がりの痛みも増幅します。元手に対する下落率は3.3倍に効き、追加の担保(追証)を入れられなければ、証券会社に強制的に清算されて終わりです。
同じ構図は韓国でさらに極端な形をとりました。サムスン電子とSKハイニックスの2大半導体株に、それらに連動するレバレッジ型ETF(値動きを何倍かに増幅する商品)を加えると、韓国市場の売買代金の7割超を占めるとされます。上がれば買い増し、下がれば売り増す設計が、下げに下げを重ねます。今年に入って韓国市場ではすでに6回のサーキットブレーカーが発動され、これは2000年以降の全発動回数の半分に相当します。KOSPIの変動率指数は2025年末の28.85に対し、6月29日には過去最高の97.99を記録しました。信用取引で1000万〜2000万ウォンを3億ウォンに増やし、その後それが消えていくのを見た24歳の大学生は、こう語っています。「2倍の速さで上がることは考えても、2倍の速さで下がることは考えていない」
相場の荒さが損失をつくるのではない。荒さに耐えられない持ち方がつくるのだ。
5. では、私たちに何ができるのか
論点は大きく三つに整理できます。
第一に、指数の名前ではなく中身を見ること。「日経平均が3000円下がった」は「日本の会社が一斉に傾いた」とは別の話です。同じ日の前引け時点で、TOPIXの下げ率は2.75%と日経平均の4.44%より小さく、値上がりした銘柄も434ありました。自分の資産が何に連動しているのかを、指数の構成比率まで下りて確認する価値があります。
第二に、テーマの集中を点検すること。日経平均を持つことは、意図せずAI・半導体に大きく賭けることになりかねません。フィデリティ・インターナショナルは、AI需要が少数のテクノロジー大手による約1兆ドルの資本支出に依存しており、これが減速すれば深刻な下振れリスクを招くと警告しています。テーマ・地域・時間の分散が、こういう日の緩衝材になります。
第三に、増幅装置を外すこと。信用取引やレバレッジ商品は、上げも下げも同じ倍率で運びます。強制的に降ろされない持ち方をしているかどうかが、荒れ相場で生き残る分かれ目になりやすい。
先行きについては、市場でも「今週内に始まる国内半導体メーカーの決算発表で各社の実績や見通しが確認されるまでは変動の激しい展開が続く」(大手証券ストラテジスト)との見方が出ています。当面は、数字が出そろうまで振れやすい局面が続くのかもしれません。
慌てて売る前に、指数の3000円ではなく、自分の資産の中身を見る。
本記事は公開情報をもとにした解説であり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
